2026.09.24
ブログ
人間は、ちょっと劣等感を持っているくらいがちょうどいいのかも
最近、どこの団体の人事担当者の方とお話ししていると、特に若い世代でメンタルを病んでしまうお話をよく伺います。
また、転職が当たり前の時代となったことから、ちょっと仕事で壁に当たるとすぐに辞めていってしまうというお話もございます。
時代なんだろうな…とは思いますが、こればかりはご本人の問題ですし、専門医の方にお任せするしかないのかなとは思います。
ただ、ちょっと気になるのが、「優秀だと思われていた方が突然」というパターンが思った以上に多いことです。
私も長い間サラリーマン生活をしておりましたので思い当たる節もございます。
いわゆる「一流大学」を卒業され、将来を嘱望されている方に限って「最近ちょっとメンタルが…」なんていう話、皆さんの周りにもございませんか?
良い・悪いのお話ではないので誤解せずに聴いて欲しいのですが、私があるキッカケで知り合ったある人物もいわゆる「エリート」でした。
私からすれば雲の上のような超一流大学を卒業。会社に入ってもいわゆる「エリート街道」を歩んでいたのですが、周りからの期待に反して仕事のパフォーマンスは下がる一方。
最後はかなりメンタルもボロボロになって会社を辞めてしまったそうです。
彼に率直に話を聴いてみたのですが、そこで彼から言われたのが「会社に入ってどうしたらいいか分からなくなった」とのこと。
そうなんです。子供のころから「神童」扱いで、超一流大学にもすんなりとストレート合格。スポーツの面でも活躍し、まさに文武両道でした。
会社に入れば当然のようにエリート扱いと、全く壁に当たることなく20代まで育ってきたようです。
それが、いわゆる「答えのない」世界に入った途端、今まで自分を支えてきた「〇か×か」という知識だけで点数の取れた世界と異なり、自分の考え方・やり方が全く通用しなくなってしまったようです。
私の若い時代は、とにかく上下関係の明確な時代。怖い先輩が山ほどおり、先輩が「白だ」と言えばカラスでも白くなる世界でした。
多少部活で実績を上げても「まだまだだな」と酷評されるなど、自分で「これなら合格点だ」と思っても周りがいつまでも「不合格」を出してくる、そんな時代でした。
そんな理不尽な先輩ばかりではございませんが、「先輩は厳しい」のは当然のこと。逆に自分が先輩となった時にも「後輩に厳しくするのであるから、自分自身も律しよう」という意識になれたものです。
今はこうして厳しく接する先輩や上司がいなくなって(というか、ちょっと厳しくすると「パワハラ」と言われるので…)、傍目には「優しい世界」にはなっているのですが、それって本当の「やさしさ」なんでしょうか。
と疑問に思うこともございます。
特に子供のころから褒められるだけで育ってしまうと、社会に出てからの厳しさに耐性がなく、どうしたらよいか分からなくなってしまうのかもしれません。
先に挙げた私の知り合いもまさにその一人です。
一方、私のように常に先輩から「お前はまだまだだな」で育てられ、劣等感を持って育った人間は、多少の仕事上でのストレスや壁があっても「ここを乗り越えてやる」との意識に昇華できたことが、38年間の社会人生活の支えだったのかと振り返って思います。
どちらが良いか、私には分かりません。ただ、私は甘やかされて育ったら、単なる我儘な人間にしかならなかったと思います。
今でも先輩にお会いすると頭は上がりませんし、当時の私のネタをつまみに酒を一緒に飲みます。それでいいんです。彼らがいてくれたから今があるんです。
その意味では若い頃に叩いてくださった先輩方には感謝しています。やはり厳しい先輩は「やさしい」先輩だったんです。
また、転職が当たり前の時代となったことから、ちょっと仕事で壁に当たるとすぐに辞めていってしまうというお話もございます。
時代なんだろうな…とは思いますが、こればかりはご本人の問題ですし、専門医の方にお任せするしかないのかなとは思います。
ただ、ちょっと気になるのが、「優秀だと思われていた方が突然」というパターンが思った以上に多いことです。
私も長い間サラリーマン生活をしておりましたので思い当たる節もございます。
いわゆる「一流大学」を卒業され、将来を嘱望されている方に限って「最近ちょっとメンタルが…」なんていう話、皆さんの周りにもございませんか?
良い・悪いのお話ではないので誤解せずに聴いて欲しいのですが、私があるキッカケで知り合ったある人物もいわゆる「エリート」でした。
私からすれば雲の上のような超一流大学を卒業。会社に入ってもいわゆる「エリート街道」を歩んでいたのですが、周りからの期待に反して仕事のパフォーマンスは下がる一方。
最後はかなりメンタルもボロボロになって会社を辞めてしまったそうです。
彼に率直に話を聴いてみたのですが、そこで彼から言われたのが「会社に入ってどうしたらいいか分からなくなった」とのこと。
そうなんです。子供のころから「神童」扱いで、超一流大学にもすんなりとストレート合格。スポーツの面でも活躍し、まさに文武両道でした。
会社に入れば当然のようにエリート扱いと、全く壁に当たることなく20代まで育ってきたようです。
それが、いわゆる「答えのない」世界に入った途端、今まで自分を支えてきた「〇か×か」という知識だけで点数の取れた世界と異なり、自分の考え方・やり方が全く通用しなくなってしまったようです。
私の若い時代は、とにかく上下関係の明確な時代。怖い先輩が山ほどおり、先輩が「白だ」と言えばカラスでも白くなる世界でした。
多少部活で実績を上げても「まだまだだな」と酷評されるなど、自分で「これなら合格点だ」と思っても周りがいつまでも「不合格」を出してくる、そんな時代でした。
そんな理不尽な先輩ばかりではございませんが、「先輩は厳しい」のは当然のこと。逆に自分が先輩となった時にも「後輩に厳しくするのであるから、自分自身も律しよう」という意識になれたものです。
今はこうして厳しく接する先輩や上司がいなくなって(というか、ちょっと厳しくすると「パワハラ」と言われるので…)、傍目には「優しい世界」にはなっているのですが、それって本当の「やさしさ」なんでしょうか。
と疑問に思うこともございます。
特に子供のころから褒められるだけで育ってしまうと、社会に出てからの厳しさに耐性がなく、どうしたらよいか分からなくなってしまうのかもしれません。
先に挙げた私の知り合いもまさにその一人です。
一方、私のように常に先輩から「お前はまだまだだな」で育てられ、劣等感を持って育った人間は、多少の仕事上でのストレスや壁があっても「ここを乗り越えてやる」との意識に昇華できたことが、38年間の社会人生活の支えだったのかと振り返って思います。
どちらが良いか、私には分かりません。ただ、私は甘やかされて育ったら、単なる我儘な人間にしかならなかったと思います。
今でも先輩にお会いすると頭は上がりませんし、当時の私のネタをつまみに酒を一緒に飲みます。それでいいんです。彼らがいてくれたから今があるんです。
その意味では若い頃に叩いてくださった先輩方には感謝しています。やはり厳しい先輩は「やさしい」先輩だったんです。

